次女に、おみそれしました、と思った話
こんなに早く月末になるのか!と今更ながら感じる9月でした。
月の半ば、8歳の次女が喘息になり、発作がおさまらず、時間外の受診へ。
ステロイドの吸入をしても、まだ不十分とのことで、入院加療。
「そんなつもりで来てないから、え?どうしましょうー」
今思うと「何言うてんねん」というセリフを思わず先生に告げた私。
自分自身もひどい喘息でしたから、
これくらいは大丈夫だろう、と思っているところ、確かにあるんです…
なかなか酸素飽和度が上がらず、結局10日ほどの入院となりました。
3日めくらいから食欲も戻り、まあ元気になって、何かしないと退屈で仕方ない。
クラスのみんなからもらったお手紙に1人1人お返事を書くというので、
母はお手伝い。
作業しているとどんどんアイデアが湧いてくるようで、
○○くんは虫が好きやから、とか
△△ちゃんはこのイメージやなあ、とか
誰が何を喜んでくれるか、を具体的にイメージしながら、
小さい絵を描いて、切りぬいて貼りつけたり、
何色の切り紙を、と私にリクエストしたり
クラスのみんなのこと、わかるんやなあ、と
横で見ていてとても温かい気持ちになりました。
誰に作ったか漏れなくわかるように、どうしよかなーと
もらったお手紙集の各ページにチェック欄を作り、
さっさとチェックマークを書いていたあたりは、
こんなふうに考えるとは、おみそれしました
という感じだった。
子は親が思うより、はるかにしっかりしている部分と
親が思うより、まだまだ幼いというか弱い部分とある。
わかったことは「親が思う」は外れるというか、
ズレることも多いって思っておこう、という感じ。
いつも目の前の子どもを見て、ただ感じるようにしないと
ついつい思い込みで、親はわかった気になってしまうんやなあ、
と、喘息の事も含め、そんなことを感じました。
久々の登場に、学校でも合唱団でもよかったねーと駆け寄ってくれる友だち。
お返事を手渡ししたら、みんなめっちゃびっくりして、喜んでくれたよ!と
相手が感動しているのを見て、また自分も感動する。
かけがえのない感じを感じたであろう、8歳でした。
ありがたいことです。